しんどいよ…からの幸福感
何もやる気が起きない。
暇さえあれば寝ていたい。
やらないといけないことはある。
でも、5分でも長く寝転んでいたい。
いくら寝転んでも、起きて何かする気力はない。
あーしんどいよ。
どうにかしてよ。
つらいよ。
このままでは良くないと思う。
でも、無理なんだよ。
永遠に寝ていたいよ。
と、絶望的な気持ちになっていた。
その時カウンセラーさんのブログを読み返した。
そこには、フォーカシングという感情に焦点を当てる心理療法のことが書いてあった。改めて読んでみると、それが良かった。
優しい眼差しを持って(寛容な祖父母のような)自分の気持ちに寄り添い、受け止めていく。
「どうしたの?」「良かったら、今の気持ちを教えて」「どんなに小さな事でもいいよ」「どんなにつらい気持ちでも、あなたにとって意味のあることなんだよね」
そして、今日一日の自分をねぎらい、ほめていく。今日は寝ていただけなのだが、それでも、「保育園に送って行けたね」などとほめた。
すると、胸のあたりが温かくなり、幸せな気持ちになった。それで、やっと起き出して家事を少しする気力がわいた。
それまでは、どん底の気分で、薬の副作用か?とか、どんどん状況が悪くなっているんではと絶望感が押し寄せてきていたが、こんな気持ちになれるとは。
そのブログでは、「親の自分」と「子どもの自分」という交流分析の説明もしてあった。
落ち込んだ暗い気分に飲み込まれている時は、親の自分がいなくなってしまっている、または厳しい目をしている。私はずっとこれだったのだ。
子どもの辛いよ、苦しいよという声を受け止めて、大丈夫と守っていく。自己信頼を育てていく。それから少しずつ励ましていく。
同じ落ち込む事があっても、厳しい親の目で見ると、責められ、自信を打ち砕かれる。
温かい親の目で見ると、失敗して辛かったけど、責められないし、また少しずつ良くなると思える。
何があったかという事は、幸福感にはあまり影響しないと教えてもらった。
自分には何もなくても、力があるということ。